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佐藤 学

Akira Sato佐藤 学

POSITION:
店長&ディレクター
SALON:
RAG/AGE 本店
SPECIAL SKILLS:
ナチュラルスタイル

*不器用だから努力することを大切に生きる*

自分を一言で表すと「不器用」という言葉が思い浮かぶ。美容師でありながら本当に不器用だ。そんな自分が美容という仕事に就いて20年になろうとしている。そして美容師になった経緯は、今思い返してみるとある意味“奇跡”に近い気がする。

自分は川崎出身で、小学校1年から「キャプテン翼」に憧れてサッカーをやっていた。サッカーしか知らないサッカー小僧だった。大学進学で、熊谷という地にはじめて住み始めたのが18歳。大学でサッカーを続ける中で、自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知らされた。チームメイトは、Jリーグユース出身者、全国大会で活躍したプレヤー、そしてテレビで観たことのある顔もいた。サッカーでここまで挫折感を味わったのはある意味自分を強くさせた。努力するしかなかった・・・

そんな頑張った甲斐もあり、1年もするとその環境に慣れてきて“自分はやれる”という自信がついたが、人生はそんなに甘くなかった。家庭の事情で大学を中退しないといけない事態になってしまった。サッカーしかやってきていない自分にとってこの事実を受け入れる為に、かなりの時間を要した。一種の燃え尽き症候群に陥り、大袈裟だが世の中が灰色に見えた。親と話し合い、実家に戻ることなく、熊谷という土地で生きていく選択をした。もちろん、仕送りもなく、お金がない・・・働くしかない状況で自分は居酒屋でアルバイトを始めた。夜11時から朝5時まで働く毎日は昼夜が逆転していた。



『過去からの再構築』

Color Zoom Challenge 2015 ジャーナル賞受賞作品

*人生の岐路は突然訪れた*

自分が思い描く人生とのギャップ、周りの友人が生き生きとしてみえて、焦りを感じる毎日だった。生活は困窮していて、もうひとつ仕事をみつける為に、熊谷駅近辺を歩き回った。そんな時に、「美容師募集」という一枚の張り紙が目に入ってきた。自分が美容師という職業に就いたきっかけだった。求人張り紙を見てすぐに電話をして、面接をしてもらい、1週間後からサロンの見習いとして通信課程で学校に通いながらの美容業がスタートした。

 


『カオスの中で強く生きる女性』

とにかく不器用な自分は技術習得に時間がかかった。人の何倍もの時間を要したことか?怠けたわけではないが、どんなに努力を重ねても自分には無理だ、と思ってしまった時代だった。正直、美容に何も興味のなかった自分だが、入社2年目に社内研修で行ったパリのヘアショーを見て、美容の素晴らしさを強く感じ、自分もいつかはこんなヘアスタイルを創れるようになりたいと純粋に思った。それ以来、美容の仕事にすっかり引き込まれていった。自分のアシスタント時代はチャレンジの日々だった。意味もよくわからないまま、休日には数多くの外部講習を積極的に受講した。時間とお金を自分の技術向上に費やした自己投資の時代だった。

*SABFAとの出会い*

今思えば、その経験は自分にとってとても意味のあるものになった。スタイリストデビュー後も、凄いヘア&メイクアップの学校があると同期から聞けば、直ぐチャレンジモードになり、業界のプロが集まる難関校として有名なSABFAShiseido Academy of Beauty & Fashion)への入学を考えた。


SABFAクリエーターコース卒業作品『解放』

SABFAは少数精鋭の学校で、その多くの卒業生は、美容やファッション関連の第一線で世界を相手に活躍している。自分は当たり前のように、1回目の入学試験に失敗し、2回目で合格して、“サロンコース”というプログラムに毎週火曜日半年間通いヘア&メイクアップの技術を高めていった。この経験は自分の世界を広げてくれるとても意味のある時間だった。この時はじめて自分の作品を創作した。そして、もっともっと自分の技術の幅を広げ、高める為に、SABFAの別の1年間プログラムである“クリエイティブコース”を受験しようと考えた。

『プレデター』

*全てはお客様に喜んで頂ける技術者になる為*

受験項目にヘアセットのテストがあった。実は、自分は一番セット技術を苦手としていた。スタイリストなのに編み込みもできない・・・予想通り、一回目のテストは何もできないまま沈没。もっとセットの技術を深めないといけないと真剣に思った。そんな時に神様は最大の試練を与えてくれた。自分は美容人生最大のミスを犯す事になる。それは成人式のヘルプで他店に行った時のこと。緊張で寝れない日を過ごす。当日5名のお客様を担当する事になった。調子よく4名のお客様をやり終えてラスト1名。そこで自分はやってしまったのだ、やってしまったというより何も出来なく他のスタイリストとチェンジしたのだ。そう、出来なかったのだ…自分で自分を責め立て猛烈に反省した。

そして本当にお客様に申し訳ないと心の底から思った。そこからアップのトレーニングを徹底してやった。出会いにも恵まれてアップスタイルのカリスマ倉先生と出会い約5年間、苦手の克服と同時にアップスタイルの魅力に取り憑かれていた。そのおかけで美容専門学校のヘア講師までさせて頂くようになった。そんな勢いをもってSABFAの受験をなんと4回目で合格する事が出来た。4回(4年)まさに自分らしい、中々4回も受験する人もいないだろう。クリエータコースでは意識の高い素晴らしい仲間と出会い、本当に有意義な時間を過ごす事が出来た。そして自分の小ささや未熟さ井の中の蛙だという事を徹底的に思い知らされた。

『湯婆婆』

世の中に上手い人達は山ほどいる、これはサッカーの世界でもそうだった。太刀打ち出来ないような人々がいるけどそんな方々と対等になりたい、どうしたらなれる?自問自答の日々を過ごす。卒業を向かえる前に答えが出た。自分は美容師でサロンワーカーであり、今いる会社で結果をだす事で対等になれるのではないか、自分はどこかでサロンワークという所から逃げていた。目の前のお客様から逃げていた気がする。何かすごいヘアを創って「すごいね」と言われる事で自己満足していた。しかし何の為に時間とお金を使っているの?そう目の前にいるお客様のためでしょ、お客さまをきれいにする為に勉強を惜しまずやるんだと、やっと気付く事が出来た。自分は努力してきたが目的がずれている事に気付けた、遠回りをしたかもしれないがすべてがクリアになり、前へ進むしかないと思えた。


『無題』

今、自分は美容人生第3章をむかえている・・スタートしたばかりである。今の自分はもう1度自分のカット技術と向き合い、技術の再構築をはじめた。この先20年、30年美容の仕事を続けていく為には絶対に必要な事だと思っている。けどけして自己満足でなく目の前のお客様の為に押し付けがましいが本当に真剣に思っている。そして佐藤でないといけないとお客様から信頼を頂けるようにこの先も努力を重ねていかなければいけないと思っている。自分にはまだまだやりたい事、夢や目標が沢山ある。約20年美容業をしているが、いつまでもチャレンジ精神をもって邁進していきたい。 

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